2011年12月23日金曜日

小さな幸せ


孫はあさって産院から退院予定である。
この孫が生まれる一週間前に娘と地元のふとん屋さんへ行って
ベビー布団を一式買ってあげた。
男の子だからふとんの柄は青にして、
シーツとカバーはトーマスの機関車と洗い替え用にスヌーピーの柄で作ってもらった。
そういえば私の母も昔同じように赤いうさぎの柄のおふとんを孫用にと
買ってくれたっけ・・・

今日はお天気も良くこのシーツを使う前に一旦洗うことにした。
竿に干していてふっと30年前の自分を思い出した。
同じようにこうやっておしめを干していたなあ。
あの当時は紙おしめなんて一般的ではなかったし、
二人の娘がおしめをしている時もあって一日7、80枚も洗っていた。
今考えるとよくやったと思う。

朝の冷え込みは嘘のように暖かい日中。
竿に干されて風に揺れている孫の洗濯物。
しばしそれをながめながら小さな幸せに浸っていました。

2011年12月20日火曜日

母と子



昨日12月19日孫が誕生しました。
娘にとっては初めての子供です。
私にとっては2番目の孫になります。
男の子は私は育てたことがありませんし自分も男の兄弟はいません。
ですから男の子ってどんな感じなのかこれからとても楽しみです。

ちょっと毛深い小さな赤ちゃん、とにかく無事生まれたことを
感謝して元気に育ってほしいと思います。
そしてこの子たちの時代が平和でありますよう・・・
ばあちゃんの願いはただそれだけです。

2011年12月16日金曜日

なめこ


桜の原木になめこの菌を埋め込んで、1年以上経ちました。
今こんなにたくさんのなめこが採れました。
このなめこを使ってなめこ汁を作ります。
なめこ特有のぬめりが出て本当に美味しいです。

でも時々不安になります。
東京でも原発事故の影響で放射能が高いところもあるという
ニュースを聞くたび、実は何もわからないままそういった汚染された物を
食べているのではないかと・・・
自家製の野菜はいちいち線量を測るわけではなし
実際はどうなんだろうかという気持ちです。

お店に並んでいるものだって本当のところはどうなんだろうか?
自分の年齢を考えるといまさら気にしても仕方ないと思うけれど
これからの若い人、子供たちのことが気にかかる。
なんとなく今は落ち着きを取り戻したかのように見える日常だが
時々不気味な気持ちがわき上がって来るのを
押さえることができないのである。

2011年12月10日土曜日

かさこじぞう


昨日は今年最後の読み聞かせボランティアだった。
なるべく季節に合った日本昔話を読んであげようと思っていたので
今回は「かさこじぞう」にしたのであった。

朝、家を車で出ようと思ったら家の前の道路は事故で大渋滞。
これではとても間に合わないと思い
走ったり、歩いたりしながら小学校への20分の道のりを急いだ。
途中、遅刻しそうな小学生3人が学校へ向かって急いでいたが
事故処理が終わったお巡りさんが
この子供たちをパトカーへ乗せていた。
「私も小学校へ行くのです。乗せてください。」と言おうと思ったら
間に合わず行ってしまった。
そうして学校に着いたときは日頃の運動不足がたたり息が上がってしまっていた。

「かさこじぞう」のあらすじは
笠を編んでおじいさんが市へ売りに行く。
一つも売れずがっかりして帰ってくる途中
雪の中で道端に並んで立っているお地蔵さんたちに
一つ一つ笠をかぶせてあげるのである。
しかし笠が一つ足りずおじいさんがかぶっていた手拭いをかぶせてあげる。
いよいよ明日は正月という夜更け外で何やら重い荷物を
運ぶ音がする。
外にでてみるとなんとお地蔵さんたちが
お正月用のお餅やら野菜やらを運んでくれたのであった。

読んでいる間いつも集中できない児童がいて
先生の注意もまったく耳に入らない。
途中でどこかへ行こうとするし寝転がったり声を出したりと・・・
先生も大変だ。
最後に子供たちが感想を述べてくれたのだが
どの子も子供らしい意見だ。
ところがそのちょっと困った君がいきなり発言した。
「お地蔵さんはおんがえしに来たんだよ!」と
全く違う方を向いて発言したのだった。
集中できないから人の話を聞いていないと思っていたけれど実は
よーくわかっているのかもしれない。

でも読み手としては真剣に聞いてほしいなあ。
だって何を読んであげようか、といろいろ考えて
家で何回か声を出して練習しているのだから・・・
「今年の私の読み聞かせは今日でおしまいです。
来年の1回目の読み聞かせはこわ~い話をします。
ではまた来年!」と言って今年のボランティアは終了した。

来年1月の初めのお話は雪にちなんだ怖い話を読むつもりである。
だから怖い雰囲気を出すためまた何度も練習するつもりなのである。
ちゃんときいてくれるといいな・・・と
今から心配しているのである。

2011年12月6日火曜日

薪ストーブのありがたさ


このところ寒い日が続き薪ストーブが大活躍だ。
使い始めてコツもわかってきてやはり使っていた人が言ったとおり
本当に薪ストーブの暖かさというのはほんわりと暖かく気持ちが良い。
夜就寝前に最後の薪を1本くべてから空気口を絞っておく。
すると朝起きたとき部屋は何ともいえず暖かい。
また朝仕事に行く時はそのままにして出かけてしまうのだが
夕方帰宅するとやはり部屋はほんわりと暖かく
また燠が残っている。

確かにストーブの周りは木くずや灰で汚れたりするし
薪を外から運ばなくてはいけないけれど
この薪ストーブの良さを知ってしまうと
他の暖房器具では物足りなくなる。
私も初めは賛成ではなかったのだが
今は寒い日は早く家に帰って薪ストーブにあたりたいとまで
思うようになってしまった。

ところで火の扱いが苦手な私は薪ストーブをつけることが
こわくて出来なかった。
よって主人がいない時はひたすら帰ってくるまで寒くても
我慢をしていたのであった。
でもいつまでも人を頼っていてはいけないと思い
薪ストーブのつけ方を教えてもらった。

まず新聞紙を丸めて火をつける。
そこへ裏庭にある廃材の中から剥いできた
薄いベニヤ板の皮を乗せる。
そこへ細い薪を何本かくべて下の空気取り入れ口の扉を
一気に開ける。
すると火が燃え上がる。
頃合いを見計らって今度は通常の薪を1、2本入れる。
すると薪が燃え上がり始め部屋はぬくぬくと暖まり始めるのである。
そして燃えている火をボーっと無心に見つめている。

ただ思ったより薪の消費が多くて
このままでは一冬持たないのではないかと、心配になってきた。
ここはひとつチェーンソーで木を切るのが大好きなのであるから
「ジイサンは山にしば刈りに・・・」と頑張ってもらいたいと思っているのである。

2011年12月5日月曜日

喪中ハガキ

88歳、101歳、86歳、84歳、
最近家に届いた喪中ハガキのお亡くなりになられた方々の年齢である。
日本人は本当に長寿になったと、こんなところでしみじみ思う。
差出人は私と同年代の人たちだから親が長生きしてくれたのだなあと
少しうらやましく思う。

喪中ハガキをみてうらやましく思うのは不謹慎であるが
本当の気持である。
私が30歳の時私の父は亡くなった。
年が明けると私はその父の亡くなった年齢と同じになる。
あの時はそんなに感じなかったのだが今自分がその年になって
思うのは、父はまだまだ若かったのだと思う。
そして当時私は自分の生活のことで手一杯で大した看護も出来ず
父を最後看取ることさえできなかった。


今もし父が生きていたら、今になってやってあげられることは
たくさんあったのにと残念に思う。
ゆっくり昔の話を聞いてあげる、どこか旅行にでも連れて行ってあげる、
一緒にお酒を飲む、元気でいてくれたらの空想だけれど。
また今年も友人から届いた喪中ハガキを読むたび
何とも言えないうらやましさと悲しさが胸に去来するのである。

2011年12月4日日曜日

目薬



この1週間、パソコンで目を酷使して痙攣してきたので
思いついて疲れ目用の目薬を差した。
そこで気が付いたのだが、なぜ私は目薬をうまく差せないのだろうか。
一発で瞳に点眼できたためしはない。
昔からそうなのだ。
物を見る器官に薬を差すのにうまくできない・・・・
というおかしな事実に気が付いた。


やはり目に何かが近づいてくるというのはそれを避けようと
無意識に拒否してしまうのだ。
この話を職場で同僚に話したら彼女は鼻の穴を膨らませてこう云った。
「あら、女優差しって知らないの?目尻から薬を差すのよ。
何も片手で目を開らかなくったって、上を向かなくったって
口を開けなくったって、少し顔を横に傾けて
目尻から差せばなんてことないわよ。
女優さんが演技前に差す差し方よ、私は女優差しよ!」
と女優のように実技指導をしてくれた。

ふ~ん確かに女優らしい差し方だ。
私のように真上を向いて片手で目をバッチリ無理に開けて
ついでに口まで開いて「あ~」などと声まで出して
目の周り中に薬を差しまくる・・・
恰好は悪いし無駄なことこの上ない。
もうこれからは私は女優差しを練習して
スマートに女っぽく目薬を差すつもりでいるのである。