2012年10月31日水曜日

どんぐりころころ


娘からメールでこの写真が送られてきました。
遊びに行った先で孫と一緒にどんぐりを拾ったそうです。
孫より本人が拾うのに夢中になってしまって
おまけに蜂に刺されてしまったとのこと。

そういえば思い出しました。
自宅の裏にある我が家のお墓には大きな樫の木があって
娘が小さい頃「どんぐりころころ」を歌いながらよく一緒に拾ったなあ・・・
小さい頃の記憶は忘れているようでどこか心の片隅に残っているのですね。

秋の陽を浴びてどんぐりを拾っている姿を思い描いていたら
無性にあの頃が懐かしくなりました。
もう遠い昔のことですけど・・・



2012年10月20日土曜日

小旅行

小旅行と言っても今日は自宅から車で15分という近さの
日本100名城の一つ八王子城跡に行ってきました。

偶然にも本日、市の八王子城ビジターセンターなるものが開館して
人々で賑わっていました。
八王子城は北条氏照が16世紀の戦国末期に築いた関東屈指の山城です。
豊臣秀吉の関東制圧で前田利家・上杉景勝軍に攻められ
一夜にして落城しました。

お城そのものは残っていませんが山城の形態は復元され整備されつつあります。
これは御主殿に通じる当時の雰囲気を考えて架けられた曳橋です。
この下は深い谷底になっています。
想像すると本当はもっと簡素な橋で敵が攻めてきたら
取り壊して敵が渡れないようにしたのではないかと思われます。



こちらは御主殿の滝です。
落城時御主殿にいた北条方の武将、婦女子らが自刃して
次々に身を投げその血で三日三晩川の水は赤く染まったという
言い伝えがあります。
そばに供養塔がありなんとなく嫌な感じがした場所でした。



本丸跡からの眺めです。
お天気も良く新宿副都心、西武ドーム、横浜まで見えました。
戦国の人たちもここから眺めたと想像しますが
果たしてどんな景色だったのでしょうか・・
そして何を思ったのでしょうか・・





本丸跡、曲輪、虎口、御主殿、曳橋など戦国時代にタイムスリップしたようでした。
今から400年以上も前にこんな山の中でお城に暮らした人達
どうやって地形を把握しこの場所を選んだのでしょうか、
人力で運び何もかも自分たちで調達したのでしょうか、
通信手段は何だったのか、
怪我や病気になったらどうしていたのか、
夏は暑くて虫だらけ、冬はとても寒いのに暖房や衣服はどうだったのか
どんな食事だったのか
情報はどうやって手に入れていたのか
自刃をするということはこわくはないのか、逃げ出したくないのか、
考えれば考えるほど興味は尽きない。

不思議なことにいまだにこの場所は怪奇現象の噂が絶えません。
真偽は別として確かにそんな話が出てもおかしくないと思います。
頂上の本丸跡に登ったら辺りには誰もおらず、朽ち果てた
お堂のようなものが立っていました。
まわりはうっそうとした森で怖くなり一目散に退散しました。
落ち武者なんか絶対に見たくないし・・・

自宅に帰った後気がつきました。
我が家の近くには「下げ坂」という峠があります。
八王子城落城の時討ち取った武将の首を下げて
通ったと言われています。
またその下げ坂の入り口近くは「死に畑」といわれ
その場所は何をやってもうまくいかない場所だと
言われています。
また「調井」(ととのい)という地名もあり
ここは八王子城に攻め込む前にここで軍勢が
作戦を調えたところと言われています。
そしてなにより我が家の隣に大きな塚があります。
小さな古墳のような感じです。
昔からこの下にはお侍が眠っていると言われています。
もしかしたら落城で落ちのびてきた武将だったのかも・・・
などと思いを馳せてみました。

今日は戦国の時代にタイムスリップしたような不思議な
時間を過ごした一日であった。
今夜は隣りの塚に眠っているお侍が夢に出てきそうである。





2012年10月19日金曜日

雨の日のマンドリン

 

雨の日、家にいると家事はする気が起きない。
お天気が良ければ猛烈にハッスルしてしまうのだが
雨の日は心がブルーになる。
どこかへ出かけるのもおっくうになり
ではマンドリンでも弾くか・・・という気になる。
マンドリンの音も湿気のせいかカラッと明るい音を出してくれない。
なんとなく重くて暗い感じに聴こえる。

自分もマンドリンもついでに愛犬もブルーモードである。
しかし毎日飛び回っている私にはこんな時間は貴重なのだ。
何かに追われることもなく一日雨の音を聴きながら
マンドリンを奏でる・・・
隣りで犬が幸せそうにまどろんでいる。
これはめったにない至福の時間だ・・・
やっとこの頃このような時間が幸せなのだとわかってきたのである。

2012年10月17日水曜日

孫のお手伝い


もうすぐ3歳になる孫は保育園で調理実習なるものを
経験していて我が家に来たときさっそくお手伝いをしてくれた。
ジイサンと一緒にキノコ汁を作ったのだが
当然包丁は使わず手でキノコをちぎってくれた。
手をちゃんと洗ったのかな?

皆で褒めちぎったのでその気になって夢中であった。
なるほど褒めてあげることはいいことだ。
いつかカレーでも作ってもらってごちそうしてもらいたいと
ばあちゃんは楽しみに待っているのである。

小旅行

昨日東京駅に行ってきました。
復元した東京駅は観光客で一杯。
昔、東京駅まで通勤していたので大きく様変わりしたという印象は
あまりありません。

しかし赤レンガの建物はノスタルジックを感じて素晴らしいです。
こうやって昔の建物を残していってほしいです。

その後ブリックスクエアまで歩き婿さんのお店にちょっと寄ってから
築地まで歩きました。
日比谷へ出て銀座の町中を抜けてやがて改装中の歌舞伎座が
見えてきたらもう築地です。

観光客でごった返す中、今日の夕食にマグロを買って海鮮丼を食べて
帰ってきました。
味は?うーーん、高いしたいして美味しくなかった・・・
これなら自分の地元のいつも行くところの方が安いし、美味しい。
まあ観光地ではよくある話かな。

ということでその後中央線に乗って帰宅したのだが
かなりの距離を歩いたのでくたびれてその日は
さっさと就寝したのであった。
どういうわけかこの頃小旅行にはまっている私である。

2012年10月16日火曜日

小旅行

先週はお天気も良かったので川越へちょっと足を延ばして
趣のある街並みの散策を娘と孫と一緒に楽しみました。
これは「時の鐘」

土蔵作りのような商店

りそな銀行  ちゃんと営業していました。

歯科医院  レトロな雰囲気で今でも開院していました。
入口のステンドガラスがおしゃれです。


町あげて観光に力を入れています。
日本は昔からの建造物を保存するということに今まで真剣でなかったような気がします。
戦後どんどん日本中の建造物が新しくなってしまった。
やっと今になってその大切さに気が付きだしたのでしょう。

今から30年前、結婚前に私の父と二人でこの川越に来て
この街並みを歩きうなぎを食べた記憶がよみがえりました。
おもえば父と娘の最初で最後の小さな旅でした。
そして間もなく私は結婚してしまい数年後に父は病で亡くなりました。
その時の父の年齢を私は越えてしまいました。
この川越は私と父との思い出の場所でもあったのです。
そうして今は娘と孫とまたこの町を歩いている・・・
記憶の彼方にかすんでいた思い出を懐かしんだ「川越小さな旅」でした。


2012年10月6日土曜日

三人の孫


私の三人の孫たちは毎週末入れ代わり立ち代わり遊びに来て
泊まっていく。
つい最近生まれたと思ったらもうこんなに大きくなってきた。
我が家に全員集合してお泊りした時はもう何もかもがめちゃくちゃで
なにがなんだかわからないまま時間が過ぎ去り
気が付いたらみんな帰っている。
怒涛の如く・・・という言葉が一番あてはまる。
そしてあとはしーんとした家に
じいさんとばあさんだけがむなしく残されている。

可愛さのあまり抱っこしたりおんぶしたりといい気になって可愛がるが
翌日はあちこちが痛くて体中が悲鳴を上げている。
しかしこんなうちもほんの一瞬、
やがて生意気になって離れていくのであろうか。
そう思うと精一杯今の孫たちを可愛がってあげようと思っているのである。
どうやらまた明日も泊りに来るらしい・・・・