2009年12月3日木曜日

数本のマッチ

今の時代マッチを使う人なんているのだろうか?
私は毎朝仏壇のご先祖様にお水、お茶、ご飯、を供えてお花を飾り、お灯明を上げるからマッチは必ず使う。
しかし、それ以外で日常生活ではマッチは使わない。
今の若い人はマッチの擦り方知っているのかな?

私がこの家に来たときはご近所さんのどの家も80~90歳近いおじいさん、おばあさんがたくさんいた。
まだ20才代だった若い私はたくさんのヒジキの煮物を作ってしまい、お隣の家におすそ分けした。
そうしたらお隣のオハナさんというおばあちゃんが杖をついてやってきてお皿を返しに来てくれた。
そのお皿の上に数本のマッチが乗っていた。

私はなぜマッチなのかよくはわからなかった。
たった数本のマッチがおかずのお礼なのかな?
マッチなんかをお礼にするのかな?
お姑さんに聞いたら「そうだよ。この辺ではちょっとしたお礼にマッチを乗せて返すのだよ」と言われた。

その時は「ふーん。そんなもんなのか、たった数本のマッチがお礼なの?」で終わってしまった。
しかし今はその時のことを思い出すとなぜか心が暖かくなる。
そしてマッチなんか・・と思った自分が恥ずかしくなる。
その頃私はまだ若くて独りよがりで、よくはわからないことがたくさんあった。

その時80才代だった近所のおばあちゃん達はまだ日本が今のように豊かで便利ではない時代に
この田舎にお嫁に来て大家族で苦労して子どもを育てた人たちばかりである。
たくさんの苦労があったに違いない。
物の節約、もったいない気持ちなど日常のことであったただろう。
誰かからちょっと頂き物をしたときさりげなくほんの少しの気持ちをマッチにこめてお返しする。
このマッチで火を点けてお風呂を沸かす、煮炊きをする、暖を取る、焚き火をする。
マッチは大事な生活の必需品である。
そう思うと数本のマッチが暖かい心に思えてくる。

今の時代お返しに数本のマッチ、はもうないだろうけど、このような気持ちは時代が変わっても
いつまでも持ち続けたいと思う。


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