悲しい11月11日
「僕が渡った信号は青だったよ。 」 お地蔵さんのまえかけにはこう書かれています。
11月11日が毎年やってくるたびに私は胸がぎゅっと締め付けられるような気がしてとても悲しくなります。
平成4年11月11日、今から17年前ですが娘の同級生のH君が朝の通学途中、
横断歩道を青で渡っている時、妹や友達の見ている前で大型ダンプカーに轢かれて亡くなりました。
小学5年生11歳でした。
娘の通った小学校は少人数の田舎の分校のような学校でしたのでどの子もみな顔見知りで
〇〇君、〇〇ちゃんといえば「あーあの子ね」と保護者もわかる子ども達でした。
雲ひとつない秋晴れの真っ青な空のあの朝、H君は天国に突然行ってしまいました。
私はちょうど自分の娘達を学校に送り出しまもなく、近所の人が「そこの横断歩道で小学生が
事故にあった。」と駆け込んできました。私はまさか自分の子どもが・・とあわてふためいて
現場に駆けつけました。
そこで見たものは横断歩道の真ん中で黒いランドセルをしょったまま動かないH君でした。
頭を轢かれており一目見てもうだめだとわかりました。まもなく駆けつけた両親の嘆きようは
とても見ていられるものではありませんでした。
青信号で横断歩道を渡ったのに左折してきた砂利を積んだ砕石ダンプカーに轢かれたのです。
その日学校でクイズ大会があり自分で考えた宿題のクイズがH君のランドセルから出てきました。
問い「青信号はなぜあるの?」 答え「事故にあわないため」
偶然とは言え今日の事故を暗示しているH君が作ったクイズでした。
その後H君の両親は警察に署名をもって分離信号の設置の嘆願をしました。
長い時間がかかりましたが今はこの横断歩道は分離信号です。
青の時は横断歩道内には車は入ってきません。
H君の両親の「二度と事故に会う子どもがないように」との願いが叶いました。
今はこの横断歩道を小学生が渡って通学していきます。
あれから17年、時代が変わり子ども達が通った小学校は子どもの数が減り運動会もままならないほどに
なってしまいました。
2年後この小学校は100年以上の歴史を閉じて閉校となります。
この場所を通るたび「H君が生きていたらもう28歳、立派な青年になっていただろう・・」と思います。
あの時の同級生は皆大人になってそれぞれ自分の人生を歩いています。
H君を轢いてしまったダンプカーの運転手は事故の数年後自殺してしまいました。
交通事故は被害者も加害者も人生を狂わされてしまうのですね。
11月11日はいつまでも忘れられない悲しい日なのです。
11月11日が毎年やってくるたびに私は胸がぎゅっと締め付けられるような気がしてとても悲しくなります。
平成4年11月11日、今から17年前ですが娘の同級生のH君が朝の通学途中、
横断歩道を青で渡っている時、妹や友達の見ている前で大型ダンプカーに轢かれて亡くなりました。
小学5年生11歳でした。
娘の通った小学校は少人数の田舎の分校のような学校でしたのでどの子もみな顔見知りで
〇〇君、〇〇ちゃんといえば「あーあの子ね」と保護者もわかる子ども達でした。
雲ひとつない秋晴れの真っ青な空のあの朝、H君は天国に突然行ってしまいました。
私はちょうど自分の娘達を学校に送り出しまもなく、近所の人が「そこの横断歩道で小学生が
事故にあった。」と駆け込んできました。私はまさか自分の子どもが・・とあわてふためいて
現場に駆けつけました。
そこで見たものは横断歩道の真ん中で黒いランドセルをしょったまま動かないH君でした。
頭を轢かれており一目見てもうだめだとわかりました。まもなく駆けつけた両親の嘆きようは
とても見ていられるものではありませんでした。
青信号で横断歩道を渡ったのに左折してきた砂利を積んだ砕石ダンプカーに轢かれたのです。
その日学校でクイズ大会があり自分で考えた宿題のクイズがH君のランドセルから出てきました。
問い「青信号はなぜあるの?」 答え「事故にあわないため」
偶然とは言え今日の事故を暗示しているH君が作ったクイズでした。
その後H君の両親は警察に署名をもって分離信号の設置の嘆願をしました。
長い時間がかかりましたが今はこの横断歩道は分離信号です。
青の時は横断歩道内には車は入ってきません。
H君の両親の「二度と事故に会う子どもがないように」との願いが叶いました。
今はこの横断歩道を小学生が渡って通学していきます。
あれから17年、時代が変わり子ども達が通った小学校は子どもの数が減り運動会もままならないほどに
なってしまいました。
2年後この小学校は100年以上の歴史を閉じて閉校となります。
この場所を通るたび「H君が生きていたらもう28歳、立派な青年になっていただろう・・」と思います。
あの時の同級生は皆大人になってそれぞれ自分の人生を歩いています。
H君を轢いてしまったダンプカーの運転手は事故の数年後自殺してしまいました。
交通事故は被害者も加害者も人生を狂わされてしまうのですね。
11月11日はいつまでも忘れられない悲しい日なのです。
コメント
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読んでいて涙が出てきました。
泣きながら書きました・・・・