私の仕事は一般事務職だが
クレームの電話受付から始まり、未入金のお客様への督促、嫌な仕事も多い。
その上重い商品を積んだりどかしたりと肉体労働もあり、
ついでにお茶くみ、コピー取りと何でも屋である。
でも仕事で一番精神的にこたえるのがブラックリストに載るようなおかしな人からの電話を
取ってしまった時である。
その男性からの電話を受けた時は最低限の話で終わらせるように相手にしないよう
指示があるのだがどうしてこうして電話で暴言を吐きまくるのが生きがいのような人なので
電話を取ってしまったら最後万事休すである。
前回も同僚がその電話を受けてしまい、何もこちらは悪くないのだが
ただひたすら謝り続け、罵詈雑言を聞き流し相手が疲れるのを
待つしかないのである。
そしていつもの通り「バカ女、お前の歳はいくつだ」と言われて
彼女は「51歳です」と小さく答えてしまった。
その年齢が面白くなかったみたいでますます男性は激高していた。
で、今日は私がその電話を受けてしまったのであった。
はなから怒りはじめ私の返答が気に入らなかったらしく何時もの通り
「バカ女、年はいくつだ、」と切れまくっていた。
「61歳です。」と正直に云えばどんな反応をするかと
一瞬思ったのだけれどそれはやめて黙っていた。
最終的に相手は怒鳴り散らすのに疲れたみたいで
私も受話器を耳から離し机の上に置いて他の仕事をしながら
聞いていた。
やがていつのまにか電話は切れた。
血圧上がって具合悪くなったのかしら。
年はいくつだ、と言われてこう答えれば良かった。
「18歳でーす」
こんなチャンスめったになかったのに残念であった。
今度またこの電話に当たったときはそう云おうと思っているのである。
2016年3月16日水曜日
2016年3月6日日曜日
幸せな奴だ
レオが死んだ翌々日、動物病院からお供えのお花が届きました。
これにはびっくりぽんでさっそく院長先生にお礼の言葉を伝えたのですが
「よく頑張ったレオ君に飾ってあげて下さい」とのことでした。
長い間糖尿病で治療を続けていて先生も大変さもわかっていたと思います。
このお花はちょっぴり私の献身的な世話に対するねぎらいでも
あると自分で勝手に思ったりしました。
早速玄関に仔犬の頃のレオの写真と一緒に飾りました。
なんて素敵な花篭なんでしょう。
わがままな犬にしつけてしまったので近隣からはうるさい犬と言われ
娘たちからは歯槽膿漏が臭いだの汚いだの言われ
まったく今まで飼った犬の中で一番手がかかり金がかかり
うんと長生きしてしまったレオ君。
でも君は良くわかっていたよね。
主人が今月で定年退職だからもう経済的負担を
かけられないって、ここらが潮時だって。
ありがとうね。
一番困った奴だったなのに最後はお花なんかもらっちゃって、
なんて幸せな奴なんだ!
2016年3月3日木曜日
ありがとう、レオ君
今朝未明我が家の老犬レオが死にました。
15歳でした。
晩年は生意気にも人間と同じ「糖尿病」を患いましたが
私の献身的なサポートでどうにか日常を過ごしておりました。
寄る年波には勝てず目も見えず耳も遠くなり寂しい毛並みに成り果てました。
ただ毎日ウトウトしている日々でしたが
私が帰宅するとそれだけはわかるらしく吠えてくれました。
15年間ずっと一緒に寝ていましたが最後も私の布団の上で
長い間苦しんでいましたが明け方私が寝てしまった間に
息を引き取りました。
朝冷たくなってしまったレオを触ってみて看取ってあげらなかった
事が悔やまれました。
でも充分可愛がってやったし世話もしてあげた。
自分で云うのもおかしいけれどこれで良かったと思います。
さっき獣医さんに挨拶に行って使わなかった糖尿病食の缶詰やら
注射器を置いてきました。
いままで我が家で飼っていたボブ、メリーも看てくれた院長先生が出てきて
ひとしきり犬たちの思い出を話しました。
ボブは歯槽膿漏で先生に全身麻酔で歯を抜いてもらったこと、
メリーは子宮の病気で死にかけて手術をしてもらったこと、
先生は「レオ君が糖尿病でもこんなに長くがんばったのはお母さんが
よく見てあげたからですよ、普通1年くらいで尿毒症になってしまったりと
最後は苦しんで大変なのですが15歳は大往生ですよ」と
云って下さいました。
「先生もう犬を飼うのはおしまいです。長い間お世話になりました。」
と云ったら涙がこみ上げてきました。
考えてみたら10年も旅行に行っていなかった。
これからは日本の各地を回ってみたいと思っています。
レオにかじられたり汚された家具、壁、畳、床、布団、
これから徐々に整理したりきれいにして私も気持ちを切り替えようと思っています。
明日主人とボブやレオのお母さんのメリーが眠っている
我が家の裏手にあるお墓に一緒に埋めてあげます。
レオ君長い間我が家の家族の一員としていてくれてありがとう。
15歳でした。
晩年は生意気にも人間と同じ「糖尿病」を患いましたが
私の献身的なサポートでどうにか日常を過ごしておりました。
寄る年波には勝てず目も見えず耳も遠くなり寂しい毛並みに成り果てました。
ただ毎日ウトウトしている日々でしたが
私が帰宅するとそれだけはわかるらしく吠えてくれました。
15年間ずっと一緒に寝ていましたが最後も私の布団の上で
長い間苦しんでいましたが明け方私が寝てしまった間に
息を引き取りました。
朝冷たくなってしまったレオを触ってみて看取ってあげらなかった
事が悔やまれました。
でも充分可愛がってやったし世話もしてあげた。
自分で云うのもおかしいけれどこれで良かったと思います。
さっき獣医さんに挨拶に行って使わなかった糖尿病食の缶詰やら
注射器を置いてきました。
いままで我が家で飼っていたボブ、メリーも看てくれた院長先生が出てきて
ひとしきり犬たちの思い出を話しました。
ボブは歯槽膿漏で先生に全身麻酔で歯を抜いてもらったこと、
メリーは子宮の病気で死にかけて手術をしてもらったこと、
先生は「レオ君が糖尿病でもこんなに長くがんばったのはお母さんが
よく見てあげたからですよ、普通1年くらいで尿毒症になってしまったりと
最後は苦しんで大変なのですが15歳は大往生ですよ」と
云って下さいました。
「先生もう犬を飼うのはおしまいです。長い間お世話になりました。」
と云ったら涙がこみ上げてきました。
考えてみたら10年も旅行に行っていなかった。
これからは日本の各地を回ってみたいと思っています。
レオにかじられたり汚された家具、壁、畳、床、布団、
これから徐々に整理したりきれいにして私も気持ちを切り替えようと思っています。
明日主人とボブやレオのお母さんのメリーが眠っている
我が家の裏手にあるお墓に一緒に埋めてあげます。
レオ君長い間我が家の家族の一員としていてくれてありがとう。
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