2012年6月30日土曜日

パンダにパンチ






先日届けるものがあり孫のところに行ってきました。
少し見ないうちにどんどん大きくなっていきます。
6ヶ月になりましたが歩行器にのって部屋中をのし歩いています。
見るものすべてをつかみ、ひっぱたり押したりしています。
何でも興味がわくのでしょうね。
しかし男の子は本当に力強くてやることが元気一杯。
いつまでも見ていてあきないです。
このパンダにパンチをくれています。
そのうちこの歩行器から這い出てくるのでしょう。
そうなったら目が離せなくて毎日がたいへんでしょうね。

2012年6月29日金曜日

探し物

家の中で探し物をずっとしていた。
どこへいってしまったのかまったくわからない。
どうでもよい日常雑貨が見当たらない。

かかとソックスは私のような年配の女性は一年中必需品だ。
若い頃とはちがって「ひざ」も「かかと」もだんだんかさついて
就寝前はしっかりクリームを塗ってこのソックスを履いて寝る。
ところがこのかかとソックスの片方がどうしても見つからない。

これがないと困るのだからあきらめて買ってくることにした。
ところが今は時期的に置いていなかったり品切れだったりする。
店員さん曰く、「そろそろ暑くなるのでかかとソックスはここにあるだけです。」
そうだよね、梅雨時に「かかとソックスありますか?」なんて・・・

そこで在庫として残っていた他メーカーのものを仕方なく買ってきたのだが、
どういうわけかこのソックス就寝中に全部脱げてしまい
朝は何も履いていないのであった。
よく旅館で浴衣をきて就寝して朝起きたら帯1本のみが
腹に巻き付き浴衣は両サイドにはだけていた・・・という感じであろうか。
特別自分が寝相が悪いわけではない。
少し寝返りを打ったくらいで脱げてしまったりはだけてしまうのはその作りが悪いのだ。
これでは何の役にも立たないではないか。
こうなると今まで使っていたかかとソックスを手に入れたくてどうしようもなくなった。

数件お店を探し回ってやっといつものかかとソックスを手に入れることができた。
お店にたった1個埃をかぶってポツンと隅っこにあったこのソックスを見つけたときの
喜びったらなかった。
さっそくその夜から履いて寝たのであった。

数日後主人が自分のリュックサックから「これはなんだ?」と引っ張り出したものは・・・
あの失くした片方のかかとソックスであった。
どうしてリュックサックに入っていたのかいまだにわからない。
それにしたってやっと新しいのを買ってきたのになんでその直後に見つかるの?

探し物って夢中で探している時は絶対見つからない。
探すことに疲れ果てやがてあきらめという境地に入り、新しいものを
買ってくるという前向きな気持ちにやっとなって
買ってきたとたん見つかる・・・・
この時の気持ちってなんて表現したらよいのだろうか。

井上陽水の「夢の中へ」の歌詞はまさにそのとおりだ。

探し物は何ですか?
見つけにくいものですか?
カバンの中も机の中も
探したけれど見つからないのに

まだまだ探す気ですか?
それより僕と踊りませんか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

休むことも許されず
笑うことも止められて
はいつくばって はいつくばって
一体何を探しているのか

探すのをやめた時
見つかることはよくある話で
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

探し物は何ですか?
まだまだ探す気ですか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?
・・・・・・・

まさに名曲、私のためにあるような曲。
どうでもいいものを探しているのなら
もっと楽しいことしようよ、と言われているみたいだ。
この曲を口ずさみながら
また今日も探し物をしている私である。





















2012年6月25日月曜日

くもの糸


先週の読み聞かせは「くもの糸」であった。
皆も知っている芥川龍之介作のお話である。

人殺しの大泥棒のカンダタは地獄の血の池に落ちて苦しんでいた。
そこへ極楽のお釈迦様がカンダタは一度だけ蜘蛛を助けたことがある、とお慈悲をかけ
天上から蜘蛛の糸を垂らすのである。


しめたとばかりにその蜘蛛の糸を登りはじめるのだがふと気が付くと
次から次から血の池地獄に落ちた者たちがその糸を伝って登ってくるのに気が付いた。
カンダタはこれでは糸が切れてしまうと、上から「降りろ、降りろ」とわめくのである。



と、そのとたん糸はプツリと切れてカンダタはもとの血の池にまっさかさまに
落ちて行ったのであった。
そうして天上から一部始終を見ていたお釈迦様の目には
自分ばかり地獄から抜け出そうとするカンダタの無慈悲な心が
罰を受けてもとの地獄へおちて行く姿が映りました。

このお話を読むにあたって何度も私は自宅で読む練習をした。
そしてどうやったらこのお話の意味を低学年の児童にわかってもらえるか
考えていた。
この文章は地獄、血の池、針の山、罪人、責め苦とおどろおどろしい言葉が
並ぶのであるが、
その途中途中にお釈迦様、白蓮の花、極楽、美しい銀色の蜘蛛の糸・・・
と、対比されて清廉な美しい言葉が述べられている。
この対比がこの物語の背景になりそこに罪人の主人公の
心の中が描かれているのである。

大人になってもこの物語は怖くて恐ろしい。
でも罪人でも良いことをした行いは神様が見ていて下さるのだ・・・
という救いの光りも見える。
さて、この話を聞いた児童たちは今回はシーンとおとなしく聞いていた。
この子たちの心にどう響いたのか。
いつか大人になったこの子たちに聞いてみたいものだ。
けれど「覚えていなーい」と言われるか。
聞きたいけれど私がもう極楽か地獄へ行ってしまっているか・・・
と、考えて自分で笑ってしまったのであった。

2012年6月24日日曜日

お願いだから・・・


我が家の名犬レオはもう11歳になる。
一年前母親のメリーが死んでしまってそれ以来我が家では
大きな顔をして態度が生意気である。
来る人来る人に吠えまくり、我が家のまわりに生息する野良猫には威嚇し・・
といってもまったく相手にされていないのであるが・・・・
おかげでご近所では「あのうるさい犬がいる家」と言われている。

でも躾をあやまってしまったのは飼い主の責任であるがもう11年も経ってしまって
今さらどーー仕様もないのである。
この犬はオスであるが私にぞっこんである。
いつも私のあとをついて回り夜は一緒の布団で寝ている。
お風呂やトイレに入っている間は扉の前でじっと私が出るのを待っている。
私をうるんだ目で見上げ「奥様命」と言いたいようである。
先日孫が生まれ娘のところへ泊りで手伝いに行っていたのだが
私のいない夜に耐えかねたらしく下痢をしてしまっていた

もう半年も前であるが前脚の付け根に大きな腫瘍を見つけ
動物病院で見てもらったのだが悪性の可能性が高いということであった。
しかし手術をしたって本人を苦しめるだけであるから
これから先はなすがまま好きなように残りの犬生を送ってもらおうと思っているのである。
こんなやさしい飼い主をいったいこの犬はどう思っているのだろうか。

ところで本題であるがこの犬は昔から取り込んだ洗濯物の一番上に乗っかるのである。
昔はその頂上からご丁寧におしっこをしてくれていたのだが、今はそれはしなくなった。
私ははっきり言って取り込んだ清潔な洗濯物の上に乗っかられるのがいやである。
体の重みでしわになるしなんとなく腹立たしい。
ということでなにかいい案はないかと考えて・・・
ホームセンターで大きなカゴを買ってきた。
これに山盛りの洗濯物を入れておいてあとでゆっくり畳めばいいのだ。
これなら犬に乗っかられなくてすむと思った。

今日私は帰宅してこの犬を見て開いた口がふさがらなかった。
このカゴの中にしっかり入り込んで取り込んだお陽様のにおいのする洗濯物の
中に埋もれ幸せそうに寝ていたのであった。
もう怒るのも忘れ写真を撮った。
レオ君、お願いだから取り込んだ洗濯物の上に乗らないで頂戴・・
お願いだから・・・・









2012年6月19日火曜日

ゴーヤが・・・


今年はゴーヤを西側の窓に茂らせて節電に少しは貢献しようと思っている。
ということで3本のゴーヤを大切に育てている。
ゴーヤのつるが伸びて窓を覆い西日が遮られればかなり部屋の暑さも違うと思う。
主人が裏山から竹を切ってきてそれにネットを張り準備は万端である。

ところが今、午後9時現在季節外れの台風の真っただ中である。
暴風雨はかなり激しく庭ではさっきから物が倒れる音やら
何かぶつかる音がしている。
あーあ、きっとこのゴーヤたち、明日の朝はきっと見るも無残な
姿に成り果てているのだろうな。
しかしなんだって6月に台風なのかしら・・・・

2012年6月18日月曜日

孫のやきもち

2歳になる女の子の孫は弟が生まれて、
皆が赤ちゃんに集中しているので面白くないのである。
先日私は見てしまった。
何と人差し指を立てて赤ちゃんの顔の目をめがけて
目つぶししているのを・・・
そして最後に手の平で赤ちゃんのおでこを思い切りたたいていた。
それはもう弟の存在が憎らしくて仕方ないという感じであった。

もちろん叱ったのであるが大泣きしてしまった。
あぶないあぶない、気を付けないとなにをしでかすかわからない。
それでも赤ちゃんを見に行こうというし、きっと気になるのであろう。

この2歳の小さな胸の内は弟に対する嫉妬で一杯なのだ。
可愛そうに今まで自分一人に受けていた愛情をこれからは
弟と分け合わなければならないのだ。
よく昔から言われるが「下の赤ん坊より上の子供をよく見てあげなさい」と。
本当にそう思う。

こうやってだんだんと子供なりに受け入れていくのだろうけれど
精一杯我慢している気持ちが痛いほどわかり
何ともいじらしくばあちゃんはちょっと甘やかしてしまうのであった。





2012年6月16日土曜日

リラクゼーションサロン

昨夜は娘のところに泊り孫の保育園の送り迎えをして
買い物、食事の支度、2歳の孫の遊び相手をして早めに就寝。
今朝は生まれたばかりの孫の木浴を手伝い落ち着いたところで
自宅に帰って来た。
一晩留守にしただけでも迷犬レオはかなり寂しそうにしているらしく
私が帰った途端、うれしさで大騒ぎである。
こんなに喜んでくれるのは犬だけである。

首が回らない。肩が張る。背中がこわばる。目がかすむ。腕が上がらない。
もうひと月ほどこんな具合でつらい毎日であった。
原因は20年も続けてきたバトミントンを完全にやめたこと。
パソコンの見すぎ。
マンドリンの弾きすぎ。
孫の抱っこ。
この4つである。

家には、ばかでかいマサーッジ機があるが
これにかかるとどいうわけか気持ちが悪くなる。
やはり人間の手の方が絶対良いのである。
こうなったらお金を払ってでも何とかしなくてはならないと
今日イオンモールの中に入っている「リラクゼーションサロン」へ行った。
ようはマサーッジである。
首肩周り15分で1,029円、30分で2,058円、45分で3,087円、60分で4,116円だった。
とりあえず30分コースで施術してもらって
結果は・・・・・

VERY GOODでした。
帰りは目までもがパッチリ視界が良くなり肩は軽く首は回り,腕は鳥のように羽ばたき?・・・と、
バックを振り回してスキップをして帰って来たのであった。
なあんだこんな金額でつらい症状が解消されるのなら
もっと早くからいけば良かった。
自分の体に時々こうやって「ご苦労さん」を
してあげればいいのだと今さらながら気が付いたのであった。




2012年6月14日木曜日

誕生祝のケーキ


先日娘と孫が産院から退院して娘の自宅に帰ったので
その日は婿さんのご両親も来て婿さんのお母さんの手作りのお料理で
お祝いをしました。
私はデコレーションケーキを買って持っていきました。
文字は自分で書けるように文字用のチョコレートが付いていて
一緒に行った次女が書いてくれました。
2歳半の孫が大好きなアンパンマンを書いてみたのですが
あんまり似ていないようです。
にぎやかな食卓を囲みながらこうやってたくさんの人たちから
祝福してもらえる孫は幸せ者です。
私も3人の孫を抱ける幸せに感謝いたします。



2012年6月12日火曜日

花束


先日マンドリンの発表会に出たのですがその時聴きに来てくださった方から頂いた花束です。
ちょうど孫が生まれたことも併せてその方がお花をプレゼントして下さいました。
可愛らしい籠にピンク系のお花が活けてあって素敵です。
心がホッと温かくなりとても嬉しくなりました。

思えば発表会に出るようになって5年目になりました。
はじめの頃は夢中でしたがやがて上達しない自分に落ち込んだり
毎日の忙しさで練習が出来ず投げ出したくなったり、
年のせいか?練習してもすぐ肩が張ったり腰が痛いの、首が回らないのと・・・
特に今年は落ち込みが激しかったのです。
それでもこうやって会場まで足を運んでくださる方がいるのは
本当にありがたいことだとあらためてしみじみ思います。
そして自分の家族、周りの環境、健康に感謝しなくてはいけませんね。

しばらく息抜きのためマンドリンを休憩して
またリフレッシュしたらぼちぼち行こうかと思います。






2012年6月7日木曜日

弟を抱くお姉ちゃん


おととい生まれた弟をだっこするお姉ちゃんです。
赤ちゃんに添えた手がお姉ちゃんらしいです。
これからお姉ちゃんぶりを発揮するか焼きもちを焼いて赤ちゃん返りするかどっちでしょうか・・・・
楽しみです。

2012年6月6日水曜日

くらげほねなし


小学生も新学期を迎え新一年生も学校に慣れてきたようだ。
また引き続き一年間読み聞かせボランティアをすることになった。
私の担当はまた1,2年生になった。
低学年はまだ保育園児の延長みたいなところもあって可愛らしい。
低学年児童はたったの20名。

今回のお話は「くらげほねなし」
この絵本も我が家にしまいこんであったものである。
内容は竜宮城の乙姫様が病気になった。
病気を治すにはサルの生き胆が必要というので
カメが浜辺にいたサルをだまして竜宮城へ連れてくる。
浦島太郎と始まりは同じだ。
ごちそうや厚いおもてなしをされたサルであったが
何か変だと気が付く。

そのときクラゲが内緒話をしているのを偶然聞いてしまう。
それは自分の生き胆を取られるということだった。
サルは知恵を即座に働かせ生き胆を浜辺の松の木に干してきてしまったと嘘をつく。
そこで生き胆を取ってくるということでカメにのって浜に戻り
木に登ったところで生き胆を干したのは嘘だというのである。
結局竜宮城の乙姫様のお父様の怒りを買い、内緒話をしたクラゲが
罰をうけて骨を抜かれてしまう。
と言うお話し。

つまりとっさに機転を利かせることが自分の身を守るということなのである。
そして口は災いのもとだ。クラゲはまさにそのとおり。
低学年の子供たちにそこまでの読みはまだわからないだろうけれど。

子供たちに本を読んであげながら実は自分が絵本や昔話から今まで
考えもしなかった意味をこの年になってあらためて教えてもらっているのである。
いくつになっても「なるほど・・・」と思うことはたくさんあるのだなあ・・・・







2012年6月5日火曜日

三番目の孫





私の三番目の男の孫が今朝誕生しました。

朝、産院に入院したと婿さんから連絡がありました。
職場に休みの連絡を入れ、たぶん生まれるのはお昼頃だろうと思ったので
洗濯物を干してから車で産院に向かいました。
ところがまもなく携帯が鳴り娘本人からで、もう生まれたというのです。
もうビックリ仰天です。
娘は産院に到着した途端準備をする間もなくあっという間に生んでしまったようです。
あやうく途中で出産するところでした。
なんという安産でしょうか。
38週で2,750グラムの男の子です。
良かった良かった。
とにかく母子とも無事で。
これからどんな子に育っていくのか、ばあちゃんは楽しみです。
この子達の未来が平和な世の中でありますように・・・・





2012年6月3日日曜日

犬の気持ち

犬は人の気持ちがわかる。
これは長く犬を飼ってみて感じることだ。
ときどきスネオ君になってしまい何が気に入らないのか飼い主を困らせる。
この頃は私が忙しくてあまり可愛がってあげないからなのかお風呂マットに
おしっこをしてしまう。
してしまったときは私のそばに来ない。
どこへ行ってしまったんだろうかと部屋を捜すと
一番奥の部屋で壁に向かって座っている。
自分なりの反省のポーズらしい。
耳は当然後ろに折れて半分顔をこちらに向けるのだが
下から見上げるようになにか目で訴えている。
「ばれたか・・・」とでも言いたいようだ。
いつもの如く私は叱るのであるがその声を背中で聞きながら
低姿勢のままそろそろとどこかへ退散し始める。
その姿を見ると私も可笑しいのとまあいいか・・という気持ちになってしまう。

よく犬や猫の殺処分というニュースがテレビで報道していて
年間数十万頭という数字を聞いて私は胸が苦しくなる。
我が家のこんな小型犬でさえ人間の考えていることはよくわかっているのだから
当然捨てられたり捕獲されて殺処分される犬は自分の運命をわかっているに違いない。
何ともむごい話だと思う。
だから我が家の犬はどうしようもない出来の悪い犬だが
最後まで面倒を見てあげる覚悟はできている。


と、ふとこんなことを考えて
さっきホームセンターで買ってきてリビングの床に置いておいた
犬用のお徳用パック200枚入り「おしっこシート」をみたら
まわりがお池のようになっている。
「お池にはまってさあたいへん♫ ドジョウが出てきてこんにちは・・」、
と悔しさのあまり歌ってしまった。
我が家の迷犬は怒られて反省したのかと思いきや私にあてつけをしたのであった。
それも買ってきたばかりの包装パックされたおしっこシートに・・・
恐るべし犬の気持ち。
どっちが一枚上手なのか考えさせられてしまった。
こうやって今日も迷犬の後始末をため息をつきながら片付けているのである。